敦賀気比のエース!平沼翔太の中学時代は陸上部!?父親と兄は?

2015年選抜高校野球で、北陸勢悲願の初優勝を果たした福井の『敦賀気比(つるがけひ)』高校。

そのエースをつとめる『平沼翔太(ひらぬましょうた)』さんが中学時代に陸上部だったというのは本当なのでしょうか。

今回は話題の平沼翔太さんについて気になる情報をご紹介したいと思います。

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敦賀気比のエース、平沼翔太がすごい!

平沼翔太さんは1997年生まれ福井県福井市出身で、身長178cm体重75kg。1年生の時からスタメンに名を連ね、2年先輩の岸本淳希選手(現・中日)がチームを抜けた後、エース不在という酷評をバネに実力を伸ばしエースの座を射止めたと言われています。

平沼翔太

最高144kmの速球を投げられるほどの強肩の持ち主であり、それに加え抜群の制球力ピンチにも動じない冷静さが備わっているとなれば、チームでいかに頼れる存在なのかがよく分かります。
春の選抜大会では、全5試合を完投603球の迫力ある熱投を披露してくれました。(自責点はたったの2!)キレのある直球、スライダーとチェンジアップで相手が圧倒されてしまうのも無理はありません。

平沼翔太さんの着目すべきポイントは、投手としてだけでなく打者、外野手としても優れた才能を発揮してるところでしょう。その実力は、甲子園の常連校・敦賀気比に進学してすぐ1年生ながら春の県大会でメンバー入りするほど。
打席に立てば、持ち前の強肩で振り切るスイングからは力強い打球が放たれ、2年秋の大会で打率.500本3点13を記録、甲子園では16打数6安打をマークしています。

投手、打者、外野手ではそれぞれ求められるスキルや能力が異なります。ましてまだ高校生となれば、得意なポジションをひとつ極めることが精一杯ではないでしょうか。
あらゆるポジションで能力をフルに活かしているという事実が、平沼翔太さんの高い身体能力を証明していますね!

陸上部だった平沼翔太の中学時代が話題に

そんな平沼翔太さんが中学時代(福井市社中学校)に所属していたのは、なんと陸上部。理由は、陸上部出身の母のすすめで、足腰強化を目的に在籍していたのだとか。

もともと高い身体能力を持っていたところに、さらに磨きがかかったのでしょう。中学生だった平沼翔太さんは1500m走で県1位となり、ジュニア五輪出場を達成!
現在でも50mを6秒切るスピードを備え、走塁で陸上部の経験が大いに生かされています。

一方で、ヤングリーグ(中学硬式野球)のオールスター福井にも所属。地元の有能な選手が集まることで有名なこのチームの監督こそが、プロ野球で通算139勝を挙げた阪神の大エース、故小林繁氏でした。平沼翔太さんは小林氏の“最後の教え子”であり、投手としての資質を高く評価されていた話は有名です。
平沼翔太さんは、ヤングリーグ台湾遠征国際大会の中日本代表チームのメンバーに選ばれるなど、中学生ですでに頭角を現してたようです。

野球をしながら足腰を鍛えるために陸上部に所属するなんて、中学生ではめったに聞かない話ですよね。大人でもなかなか出来ないのではないでしょうか^^;
それだけ野球に対する真剣でストイックな平沼翔太さんの姿勢が伝わってきて、とても好感が持てます。

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平沼翔太の父親と兄について

ところで、平沼翔太さんはどんな子供時代を送っていたのでしょうか。
父親の話によると、幼い頃から負けず嫌いで、人前では決して弱音を吐かない性格だったとか。まさに現在の平沼翔太さんからは納得の子供像ですね!(笑)

チーム練習の後、自宅前でのバドミントンのシャトルを使った打撃練習が兄弟の日課。父・次郎さん(40)に連れられ足羽山で足腰を鍛えたり、毎日牛乳を1リットル飲んだりもした。
引用元:敦賀気比主戦平沼投手の兄弟秘話 ライバルで、憧れの存在 高校野球特集 福井のニュース |福井新聞ONLINE:福井県の総合ニュースサイト

2歳上の兄・潤哉さんの影響で小学1年生のとき野球をはじめ、4年生のときに捕手として兄とバッテリーを組み活躍、当時はかなり注目を集めたそうです。ただ個人的に注目してほしいのは、平沼翔太さんが捕手までやりこなしていた(!)という事実。すべてのポジションで成果を出すなんて、どこまで万能なんだ平沼投手!?

その後、捕手から投手に転向したのは、投手だった兄が小学校を卒業した後でした。
もともと運動神経が良かったのは兄の方で、常に兄をライバルとして、また憧れの存在として成長してきた平沼翔太さん。兄・潤哉さんもまた、弟に負けたくないという思いがあったと語っています。
幼い頃からお互いに高め合ってきた平沼兄弟の絆こそが、平沼翔太さんの原動力であり、強さの理由のひとつではないでしょうか。

その証拠に、福井県立鯖江高野球部で活躍したものの残念ながら甲子園出場が叶わなかった兄の代わりに、自分が甲子園に行くと誓った平沼翔太さん。その約束通り、2015年選抜高校野球で平沼翔太さんは見事エースとしてチームを優勝に導いたのです。

驚くことに、平沼翔太さんが春の選抜試合直前まで不調に陥っていたという話があります。蓄積した疲労のせいで、2015年に入り練習試合でも相手に打ち込まれ続けていたようです。さらにリリースする際の右足の蹴りが強いことから、親指の皮がめくれ何度も出血。テーピングが欠かせない状態が続きました。
立て直したのは、なんと試合の前日だと言われています。

優れた才能や能力もさながら、その根性やメンタルの強さにはただ感服するばかりです。

夏の甲子園でも見事優勝を勝ち取ることができるのか、平沼翔太さんの今後の活躍に期待が高まります!

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2015-05-23 | Posted in スポーツNo Comments » 

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